小川グループ紹介

メンバー

小川 基行(特任研究員)、矢野未菜(M2)

グループ概要

 名黒グループから小川が独立して発足した本グループは「細胞競合の分子機構の解明」をテーマに研究を行っています。細胞競合とは、異なる性質を持った同種の細胞が生存を争う現象です。この現象は発生や分化、腫瘍形成など様々な場面で起こることが分かりつつあります。その中でも本グループは、発がんの初期段階でがん変異細胞が周囲の正常細胞によって排除されるがん抑制型細胞競合に焦点を当て、新たながん治療戦略の構築を目指して研究をしています。

研究内容

 生物の体を覆う皮膚などの上皮組織は常に外界環境に晒されており、外部からの物理的・化学的ストレスを絶え間なく受けています。こうしたストレスによって上皮細胞に遺伝子変異が生じると、細胞は増殖能や浸潤能を獲得してがん変異細胞になることがあります。上皮組織では組織の恒常性を維持するため、こうしたがん変異細胞を早期に発見・排除するメカニズムが重要です。
 近年、異常形質を獲得した細胞を認識・排除するメカニズムの一つとして細胞競合という機構が注目されています。細胞競合とは、異なる性質を持った2つの細胞集団が生存をかけて争い、一方が他方を選択的に排除する現象です。例えば、発がんの初期段階において上皮組織に出現したがん変異細胞を周囲の正常細胞が認識・排除する細胞競合は、がん免疫などとは異なった新たながん抑制機構として注目されています。そのためこの分子機構の解明は、がん生物学の発展に貢献するだけでなく、新たながん治療戦略の構築に繋がる重要な研究テーマです。しかし、正常細胞によるがん変異細胞の認識・排除機構には未だ不明な点が多く残されています。
  これまで当研究室では、哺乳類培養細胞であるMDCK細胞を用いて、細胞極性を制御するがん抑制遺伝子Scribbleが欠損した細胞が正常細胞によって排除される細胞競合モデルを解析してきました。最近、Scribble欠損細胞から分泌された線維芽細胞増殖因子FGF21が細胞競合を誘導することを発見しました(参考図1)。FGF21は、いわば“kick-me-out”シグナルとして周囲の正常細胞を誘引することで、Scribble欠損細胞が物理的に圧迫されて排除されることを見出しました。さらに、当研究室で長年解析を行ってきた ASK1が、FGF21の発現誘導を担うとともに細胞競合を誘導することも明らかにしました。現在、マウスレベルの新たなin vivo細胞競合解析系を構築し、FGF21による細胞競合が生体内でがん抑制機構として働くか検証しています。本グループでは、このFGF21による細胞競合機構を足がかりとしたCandidateアプローチと哺乳類細胞競合系を用いた大規模スクリーニングによる網羅的なアプローチを統合することで、細胞競合を制御する分子基盤の全容解明を目指して研究しています(参考図2:学術変革領域研究(A) 多細胞生命自律性HPのグループ紹介より引用)。

参考文献

1.「哺乳類細胞におけるScribble欠損誘導性細胞競合」 小川基行、名黒功、一條秀憲, 医学のあゆみ、細胞競合による生体制御とがん、vol.274, No.5, pp.427–433, 2020.

2. Motoyuki Ogawa, Yosuke Kawarazaki, Yasuyuki Fujita, Isao Naguro, and Hidenori Ichijo, FGF21 Induced by the ASK1-p38 Pathway Promotes Mechanical Cell Competition by Attracting Cells. Curr. Biol., vol. 31, pp. 1–10, 2021.