Naguro G

松沢グループ 2012

●グループメンバー

   松沢厚(准教授)、片桐一美(D3)、岡田匡央(D2)

●研究概要

 松沢グループは、私、松沢が2008年末に米国留学から帰国してリニューアルスタートしました。さらに今年からこれまでの研究を発展させ、丸山と荒木が新グループとして独立しています(丸山サブグループのページも参照して下さい)。私の留学先は、カリフォルニア大学サンディエゴ校のMichael Karin研究室で、キナーゼシグナル複合体の構成因子の同定とその活性制御メカニズムが主な研究テーマでした1-4)。最近、キナーゼに限らず、シグナル関連分子は基本的に互いに大きな複合体を形成し、その中で微妙な調節が行われることで、多様なシグナル応答が可能となることが分かってきました。本研究室のテーマであるASK1についても同様で、ゲル濾過上では非常に大きな複合体を形成しています5)。これらの複合体の構成因子の同定と機能解析が、ASK1分子の上流下流のシグナル制御機構と生理機能を解明する最も重要な情報となると考えております。このキナーゼの分子レベルでの活性化メカニズムについては留学以前からのテーマでもあり6)、今後も引き続き解析を行っていきたいと思っています。

 このASK1巨大複合体を我々はASK1シグナロソームと呼んでいます。具体的にASK1シグナロソームには、ASK1活性化阻害因子であるチオレドキシンなど酸化ストレスセンサー分子や、ASK1活性化因子であるアダプター分子TRAF2及びTRAF6などのユビキチン化関連分子が含まれていることが分かっています5) [図1]。実際、ASK1の脱ユビキチン化酵素USP9Xが酸化ストレス依存的にASK1と結合し、活性化依存的なASK1のユビキチン化による分解を抑制することで、ASK1の持続的活性化とアポトーシス誘導に関与することを一昨年、当教室では明らかにしています7)。私も留学中に、別のMAP3KであるMEKK1のキナーゼシグナル複合体の構成因子には、同様にTRAFアダプター分子やユビキチン化酵素が含まれており、これらがMEKK1の活性制御に中心的な役割を果たしていることを見出しました。このようにシグナル複合体の構成因子の同定と機能解析はシグナル分子の生理機能の理解に重要です。実際にASK1シグナロソームには上記以外にも様々な分子が含まれていることが分かっており、現在、酸化ストレスセンサー分子については片桐が、ユビキチン化関連分子の解析は丸山荒木がそれぞれ担当して解析を進めております(本プロジェクトについては丸山グループのページを参照)。ASKファミリーのASK2もASK1シグナロソーム構成因子であり、ASK1非存在下ではプロテアソームシステムを介して分解される非常にユニークな分子であることが分かっており8)、その分解の生理的意義については、今年の新人の曽我が検討を行っています。

 本研究室での留学以前の成果で、ASK1ノックアウトマウスの解析により、ASK1がTLR4受容体下流でシグナルメディエーターとしての活性酸素を介して自然免疫応答に必須であることを見出しております9) [図2]。その後、ASK1は発毛誘導や炎症発癌といった免疫応答や炎症反応が深く関わる現象に寄与していることが次々と明らかとなりました10-12)。ASK1は、活性酸素のようなメディエーターを介して、細胞死のみでなく免疫応答など幅広い生理機能の制御機構に関与し、個々のストレス刺激に応じた多様な生理作用を発揮する分子であることが分かってきたわけです。これらの背景を基に、ASKファミリー分子のノックアウトマウスを用いたin vivoでの生理機能、特に炎症や免疫システムとの関連性についても研究を進めたいと考えています。本テーマには岡田が新たに取り組んでいます。

  また今年から先端研究助成基金助成金「最先端・次世代研究開発支援プログラム」に採択され、「シグナルの新たな作動原理とその異常による炎症・自己免疫疾患発症メカニズムの解明をプロジェクトのテーマとして取り組んでいます。本テーマでは、前述したシグナル複合体、特に免疫受容体の下流で形成される免疫シグナロソームの構成因子を網羅的に同定・機能解析していくことで、免疫シグナルの分子制御機構の解明と疾患治療標的因子の発見を目指しています。免疫シグナロソームは、病原体感染ストレスの感知や免疫シグナルの増幅・変換・分岐を行い、多様な免疫応答を誘導すると共に、その構成因子であるキナーゼやユビキチン化酵素の相互作用による複雑なシグナル制御の場にもなっています。この複合体中でのシグナルのバランス制御の異常が様々な免疫疾患の原因となっていると考えられ、免疫シグナロソームの中の構成因子を同定・解析し、新たな治療標的・戦略を発見すると共に、細菌・ウイルス感染といった生物学的ストレスの受容−応答システムとしての免疫機構を分子レベルで解明したいと考えています。

 薬学研究の薬学研究の目的とその特徴は、「標的蛋白質と薬理作用を有する物質との相互作用・作用機作を分子レベルで解明する」ことによって、より画期的な疾患治療法を目指した創薬ターゲット分子を探索することであり、現在、そのターゲットは古典的な膜受容体蛋白はもちろん、その直下のASK1のような細胞内情報伝達系の分子へと、求められる範囲は広がりつつあります。範囲がいくら広がっても、薬を創るために、いかに本物の標的や現象を捉えるかが重要であることには変わりはありません。米国留学中に感じたことは、当たり前のようですが、@いかに上手く本物を掴むことができるかが非常に大事な問題で、これは特定のラボでしか本当の意味でなかなか体験できないことかと思います。さらに、Aそれをどう表現するかも同じくらい研究の成否を左右する要素であることを実感しました。いかに大事な発見でも、広く公知され議論の場に上らなければ発見していないのも同じことで、自己満足でしかありません。本物の発見というのは、世界の研究者や一般の人々にも広く知られ利用されるもので、単純に薬で例えれば、効果が確実で、誰もが使い、良く売れる薬ということになります。従って、医学薬学分野の研究者がこれらを実際に実行していくためには、抽象的な表現ですが、薬を創ることに良い意味でもっと貪欲であることが必要であると感じています。

 最後に、ここぞという局面を見抜いて、Bいかに集中して実際に目標を達成できるか、この力があるか否かで研究テーマの将来が大きく変わることを留学中強く意識させられました。ご存じのように、米国はサイエンスの世界だけでなく、全体としてこのような気風が漂っています。この力は決して運ではなく、努力で得られるものであり、研究者、特にリーダーとして、自分だけでなくそのラボやグループ所属の全ての研究者の人生をも決定してしまう重要な資質であることを実感しました。薬の発見をはじめ、サイエンスにおける重大な発見は劇的に語られることが多く、偶然性の産物であるかのような錯覚に陥ってしまいますが、決して手の届かないものではありません。創薬にはそもそも偶然の要素は含まれていないはずで、薬やサイエンスでの大きな発見は、確実な研究成果とその普遍性、研究者の実現能力に基づくものだと思っています。

●文献

1)  *Matsuzawa, A., *Tseng, P. H., Vallabhapurapu, S., Luo, J. L., Zhang, W., Wang, H., Vignali, D. A., Gallagher, E., Karin, M. Essential Cytoplasmic Translocation of a Cytokine Receptor-Assembled Signaling Complex. Science [Research Article], 321, 663-668 (2008).

2)  *Tseng, P. H., *Matsuzawa, A., Zhang, W., Mino, T., Vignali, D. A., Karin, M. Different modes of TRAF3 ubiquitination selectively activate type I interferon and proinflammatory cytokine expression. Nat. Immunol., 11, 70-75 (2010).

3) *Vallabhapurapu, S., *Matsuzawa, A., Zhang, W., Tseng, P. H., Keats, J. J., Wang, H., Vignali, D. A., Bergsagel, P. L., Karin, M. Nonredundant and complementary functions of TRAF2 and TRAF3 in a ubiquitination cascade that activates NIK-dependent alternative NF-kB signaling. Nat. Immunol., 9, 364-370 (2008).

4) *Gallagher, E., *Enzler, T., *Matsuzawa, A., Anzelon-Mills, A., Otero, D., Holzer, R., Janssen, E., Gao, M., Karin, M. Kinase MEKK1 is required for CD40-dependent activation of the kinases Jnk and p38, germinal center formation, B cell proliferation and antibody production. Nat. Immunol., 8, 57-63 (2007).

5) Noguchi, T., Takeda, K., Matsuzawa, A., Saegusa, K., Nakano, H., Gohda, J., Inoue, J.I., Ichijo, H. Recruitment of TRAF family proteins to the ASK1 signalosome is essential for oxidative stress-induced cell death. J. Biol. Chem., 280, 37033-37040 (2005).

6) Fujino, G., Noguchi, T., Matsuzawa, A., Yamauchi, S., Saitoh, M., Takeda, K., Ichijo, H. Thioredoxin and TRAF family proteins regulate reactive oxygen species-dependent activation of ASK1 through reciprocal modulation of the N-terminal homophilic interaction of ASK1. Mol. Cell. Biol., 27, 8152-8163 (2007).

7)  Nagai, H., Noguchi, T., Homma, K., Katagiri, K., Takeda, K., Matsuzawa, A., Ichijo, H. Ubiquitin-like sequence in ASK1 plays critical roles in the recognition and stabilization by USP9X and oxidative stress-induced cell death. Mol. Cell, 36, 805-818 (2009).

8) Takeda, K., Shimozono, R., Noguchi, T., Umeda, T., Morimoto, Y., Naguro, I., Tobiume, K., Saitoh, M., Matsuzawa, A., Ichijo, H. Apoptosis signal-regulating kinase (ASK) 2 functions as a mitogen-activated protein kinase kinase kinase in a heteromeric complex with ASK1. J. Biol. Chem., 282, 7522-7531 (2007).

9) *Matsuzawa, A., *Saegusa, K., Noguchi, T., Sadamitsu, C., Nishitoh, H., Nagai, S., Koyasu, S., Matsumoto, K., Takeda, K., Ichijo H. ROS-deepndent activation of TRAF6-ASK1-p38 pathway is selectively required for TLR4-mediated innate immunity. Nat. Immunol., 6, 587-592 (2005).

10) Osaka, N., Takahashi, T., Murakami, S., Matsuzawa, A., Noguchi, T., Fujiwara, T., Aburatani, H., Moriyama, K., Takeda, K., Ichijo, H. ASK1-dependent recruitment and activation of macrophages induce hair growth in skin wounds. J. Cell Biol., 176, 903-909 (2007).

11) Noguchi, T., Ishii, K., Fukutomi, H., Naguro, I., Matsuzawa, A., Takeda, K., Ichijo H. Requirement of reactive oxygen species-dependent activation of ASK1-p38 MAPK pathway for extracellular ATP-induced apoptosis in macrophage. J. Biol. Chem., 283, 7657-7665 (2008).

12) Iriyama, T., Takeda, K., Nakamura, H., Morimoto, Y., Kuroiwa, T., Mizukami, J., Umeda, T., Noguchi, T., Naguro, I., Nishitoh, H., Saegusa, K., Tobiume, K., Homma, T., Shimada, Y., Tsuda, H., Aiko, S., Imoto, I., Inazawa, J., Chida, K., Kamei, Y., Kozuma, S., Taketani, Y., Matsuzawa, A., Ichijo, H. ASK1 and ASK2 differentially regulate the counteracting roles of apoptosis and inflammation in tumorigenesis. EMBO J., 28, 843-853 (2009).

* These authors contributed equally to this work.