Matsuzawa GNaguro Gold

関根(村上)グループ 2013

〈メンバー〉
 
 助教 関根(村上)史織
 D2   山口奈美子
 D1   金丸雄祐
 M2   畑中稚子
 M1   矢尾あかり
 B4   森山卓也
 大学院外国人留学生  金ダンニ

 

 

 

 

〈グループ概要〉
関根(村上)グループは、2011年4月より、当研究室で准教授をつとめておられました武田弘資博士(現職:長崎大学大学院医歯薬総合研究科細胞制御学分野・教授)のグループから発足しました。その後、グループの統合を経て、現在、総勢8人のメンバーで活動しています。

〈研究プロジェクト〉
 関根(村上)グループのキーワードは「ストレス応答」「ミトコンドリア」「細胞死」です。
私たちのグループでは、 PGAM5SARM および KLHDC10 という3 つのストレス応答分子の解析を行なっています。
 @ ミトコンドリア局在ストレス応答分子の解析(PGAM5、SARM)
 ミトコンドリアは ATP 産生によるエネルギー供給の場としてのみならず、細胞死やウイルス感染応答など様々なストレス応答シグナルの制御の場としても重要な働きを担うことが知られています。私たちのグループでは、ストレス応答性 MAP キナーゼ経路の最上流に位置する MAPKKK の一つ、ASK1 の活性化因子として同定された PGAM5 および ASK1 の活性化候補因子であるSARM という分子がミトコンドリアに局在することに着目し、ミトコンドリアという場でこれらの分子が担うストレス応答の解析を行なっています。

 A 酸化ストレスに応答する新規細胞死制御因子の解析(KLHDC10)
 ASK1 を活性化する最も代表的なストレスとして、酸化ストレスがあります。当研究室においてASK1 の活性化因子として同定され、酸化ストレス依存的な細胞死を制御することが明らかとなったタンパク質 KLHDC10 について、その個体における生理的役割の解析を行なっています。

〈研究内容〉
ミトコンドリア局在型プロテインホスファターゼ PGAM5 の解析 (関根(村上)、金丸、矢尾、金)
 PGAM5 (Phosphoglycerate mutase family member 5) は、当研究室においてASK1 の結合分子として同定されました。PGAM5 は一次構造上の配列の相同性からは、ホスホグリセリン酸ムターゼ(PGAM)ファミリーに属します。このファミリーに属する分子のいくつかは解糖系において、ホスホグリセリン酸の分子内リン酸基転移反応(ムターゼ反応)を担うことが知られています。PGAM5 においても、ムターゼ反応に必須の酵素活性中心のアミノ酸が保存されていますが、武田弘資博士の解析から、PGAM5 はムターゼ活性を有さず、セリン・スレオニン特異的プロテインホスファターゼ活性を有することが明らかとなりました。さらに、PGAM5 はこのホスファターゼ活性依存的に ASK1 を活性化することがわかりました(図1)【文献1】。PGAM5 はヒスチジンを酵素活性中心とするプロテインホスファターゼであり、既存のプロテインホスファターゼには類似しない全く新しいタイプのプロテインホスファターゼです。この点は、特に大きな発見でした。

 PGAM5 は PGAMファミリーに属する分子のなかでも、その酵素活性のみならず、細胞内局在においても特徴を有します。PGAM5 は PGAM ファミリー分子の中で唯一 N 末端に膜貫通ドメインを有します。私たちは、PGAM5 がこの膜貫通ドメインを介して、主にミトコンドリアの内膜に局在することを見出しました。上述したように PGAM5 がストレス応答性 MAP キナーゼ経路を活性化することから、私たちは PGAM5 がミトコンドリアにおける何らかのストレス応答に関与すると考え、PGAM5 が応答するストレスの探索を行いました。その結果、ミトコンドリアの内膜電位を低下させる CCCP という薬剤を処置することにより、PGAM5 がミトコンドリア局在型ロンボイドプロテアーゼ PARL により、切断されることを見出しました(図2)【文献2】。この切断は、PGAM5 の膜貫通ドメイン内で起こっており、プロテアーゼが担う切断のなかでも「膜内切断」と呼ばれる種類に属します。

 近年、ミトコンドリア膜電位低下に伴い、様々なミトコンドリア局在タンパク質の切断が制御されること、およびその切断制御がミトコンドリアにおけるストレス応答のトリガーとなっていることが明らかとなってきています。したがって、PGAM5 の切断も何らかのストレス応答に寄与するものと考えられます。最近、他の研究グループから、PGAM5 が細胞死の促進因子であることが相次いで報告されました【文献3、4】。特に、細胞死の一形態であるアポトーシスにおいて、切断型 PGAM5 がミトコンドリアから細胞質へと放出され、IAP ファミリーと呼ばれるタンパク質の活性を阻害することにより、アポトーシスの実行因子であるカスパーゼの活性化を誘導して、アポトーシスを促進することが報告されています(図3)。このような働きをするタンパク質として、Smac/DIABLO、HtrA2/Omi が知られていました。PGAM5 の N 末端の切断配列 (AVAV) は、これらのタンパク質が N 末端に共通して持ち、IAP ファミリータンパク質への結合に必要な配列に非常によく似ています。これらの結果は、切断型 PGAM5 が担うストレス応答の一つがアポトーシス促進であることを意味します。
 現在、私たちは、ミトコンドリア膜電位低下依存的な PGAM5 の膜内切断について、主に次のことに興味を持って研究を進めています。
 1:ミトコンドリア膜電位低下という物理化学的ストレスはどのような分子メカニズムで感知され、プロテアーゼの活性制御につながっているのか
 2: PGAM5 の切断は、細胞・個体においてどのような生理的意義をもつか
 1に関しては、切断型 PGAM5 を特異的に認識する抗体によって細胞免疫染色を行い(図4)、このシグナルを定量的に評価する系を構築し、ゲノムワイド siRNA スクリーニングによる上流因子の探索を行なっています(金丸、金)
 2に関しては、PGAM5 ノックアウトマウスを用いて、あるストレスを負荷することによって現れる表現型の解析を行なっています(矢尾)。細胞死制御における新たな PGAM5 の役割も探索中です(関根(村上))

TIR ドメインを有するミトコンドリア局在アダプタータンパク質 SARM の解析 (畑中)
 C. elegans を用いた遺伝学的解析により ASK1 の線虫オルソログ NSY-1 の活性化因子として、TIR-1 が同定されています【文献5】。TIR-1 の哺乳類におけるホモログとして、SARM と呼ばれる分子が存在します。SARM は、自然免疫応答において細菌やウイルスを認識する受容体 TLR の下流で、受容体と細胞内のシグナル伝達分子をつなぐアダプタータンパク質 TIR ファミリーに属する分子の一つです。しかしながら、TLR シグナルにおける SARM の役割は他の TIR ファミリー分子と比較するとよくわかっていないところが多くあります。そのような中、面白いことに最近、SARM がミトコンドリアに局在することが報告されました【文献6】。そこで私たちは、哺乳類においても SARM は ASK1 を活性化することができるか、活性化するとしたらミトコンドリア局在との関連はあるか否か、に興味をもって研究をはじめました(畑中)
近年、SARM は、ある特殊な環境での神経細胞死(神経変性、ウイルス感染)に関与することが続々と報告されており、将来的には SARM が ASK1 の活性化を介してこのようなストレス応答を制御していたら面白いと思っています。

ASK1 活性化因子KLHDC10 による酸化ストレス依存的な細胞死制御とKLHDC10ノックアウトマウスの表現型解析 (山口)
 KLHDC10 は、当研究室において行われたショウジョウバエを用いた遺伝学的スクリーニングにより、ASK1 の活性化因子として同定された分子です。その後の解析により、KLHDC10 は ASK1 の不活性化因子であるホスファターゼ PP5 に酸化ストレス依存的に結合し、そのホスファターゼ活性を抑制することによって ASK1 の持続的な活性化を引き起こすことが明らかとなりました。細胞を酸化ストレスに曝すと細胞死が誘導されますが、KLHDC10による ASK1 の活性化の持続化は、この酸化ストレス依存的な細胞死誘導に寄与することがわかりました(図5)【文献7】。現在、私たちは KLHDC10 ノックアウトマウスを作成し、あるストレス負荷条件下での表現型解析を行なっています(山口)

【文献】
 1)Takeda, K., Komuro, Y., Hayakawa, T., Oguchi, H., Ishida, Y., Murakami, S., Noguchi, T., Kinoshita, H., Sekine, Y., Iemura, S., Natsume, T. and Ichijo, H.  Proc. Natl. Acad. Sci. USA. (2009)
 2)Sekine, S., Kanamaru, Y., Koike, M., Nishihara, A., Okada, M., Kinoshita, H., Kamiyama, M., Maruyama, J. Uchiyama, Y., Ishihara, N., Takeda,K. and Ichijo, H.  J. Biol. Chem. (2012)
 3)Zhuang, M., Guan, S., Wang, H., Burlingame, A., and Wells, J.  Mol. Cell (2012)
 4)Wang, Z., Jiang, H., Chen, S., and Wang, X.  Cell (2012)
 5)Chuang, CF., and Bargmann, CI.  Genes Dev. (2005)
 6)Panneerselvam, P., Singh, LP., Ho, B., Chen, J., and Ding, JL.  Biochem J. (2012)
 7)Sekine, Y., Hatanaka, R., Watanabe, T., Sono, N., Iemura, S., Natsume, T., Kuranaga, E., Miura, M., Takeda, K., and Ichijo, H.  Mol. Cell (2012)

〈最後に〉
 生命科学研究の面白いところは、自分の体のどこかの細胞で起こっていることを見に行くことができるところだと思っています。普段の生活において、日々ふりかかっている様々なストレスを認識・受容し、適切なストレス応答を導こうとがんばっているストレス応答分子たちの働きを意識することは少ないかもしれませんが、研究を通して、細胞の中で起こっているミクロな世界に驚いたり感動したり、グループ員みんなで共有したいと思っています。なかなか真実を見出すのは一朝一夕にはいかないことが多いですが、日々お世話になっているであろうタンパク質ばかりなので、それらの働きにスポットライトを当てて世に送り出せるよう、がんばりたいと思っています。