takedaG-UmedaNoguchi G

 

西頭グループ 2011

グループメンバー 西頭英起(特任研究員)、門脇寿枝(特任研究員)、
         藤澤貴央(D3)、 本間謙吾(D2)、山口奈美子(6年生)、
         圓谷奈保美(M1)、塚本有香(4年生)

<研究対象>
 私たちは、小胞体品質管理機構とその破綻によるアポトーシス、さらにそれによる疾患発症分子メカニズムをキーワードとして研究を進めています

<小胞体ストレスとは?>
 細胞が正常に機能するには、遺伝情報に従って合成されたタンパク質が正しい高次構造を獲得すること(folding:フォールディング)が必要不可欠です。しかし、様々な化学的、物理的、遺伝的ストレスによって不良タンパク質(unfolded protein)が小胞体に蓄積することは、細胞の正常な機能の妨げとなります。このような危機的な状態を回避するために、細胞は非常に巧妙な小胞体ストレス応答(UPR:unfolded protein response)による小胞体品質管理機構を持っており、それによって細胞は再び正常な機能を獲得することが可能になります。しかし、小胞体内に過度の不良タンパク質が蓄積しUPRでは対処できなくなったとき、あるいは細胞が受けるストレスによって UPRが破綻したときに、アポトーシスが誘導されます。近年、構造異常タンパク質の蓄積を原因とするコンフォメーショナル病の分子メカニズムとして、小胞体ストレス誘導性アポトーシスの関与が多く報告されており、糖尿病、癌疾患、神経変性疾患、虚血性疾患など様々な疾患の治療標的として注目されています。

 

1.UPRによる生存シグナル

 栄養飢餓、虚血、低酸素、遺伝子異常などの様々な細胞外的・内的ストレスによって小胞体ストレスは惹起されます。哺乳類細胞の小胞体には、セリン・スレオニンキナーゼ領域を持つI型膜受容体PREK、IRE1と、転写活性を持つII型膜受容体ATF6ファミリーの3種類の受容体が存在し、その活性化によりUPRシグナルが発信されます(図1)。これらの受容体が活性化され、次のようなUPRが起こります(図2)。@活性化PERKを介したタンパク質翻訳停止、ABiPなどの小胞体シャペロン分子の発現誘導によるリフォールディング、Bタンパク質分解(修復不可能な不良タンパク質は、小胞体内腔から細胞質側に逆輸送されユビキチンプロテアソーム系によって分解される)。Bの機構は小胞体関連分解(ER associated degradation : ERAD)と呼ばれ、近年その分解機構の解明が特に注目されています。これらのUPRが機能することによって、細胞は小胞体ストレスを回避して生存することが可能になります。しかし、何らかの原因でUPRの一部が破綻するとアポトーシスにつながります。

 

 
 

2.小胞体ストレス誘導性アポトーシス

 UPRによって回避できない過度の小胞体ストレスを細胞が受けた場合、細胞はもはや生存不可能となり死に至ります。このときの細胞死は、小胞体内腔の拡張に引き続いてミトコンドリアの形態変化が起こり、チトクロームcの放出、カスパーゼ3の活性化などが観察され、最終的にTUNEL陽性な核の断片化が誘導されます。さらに、この細胞死はカスパーゼ阻害剤によって抑制されることから、小胞体ストレス誘導性細胞死はアポトーシスであり、このシグナルに関与する分子としては、転写因子CHOP、カスパーゼ経路、Bcl-2ファミリー、IRE1などが報告されています。私たちは、ストレス応答性MAPキナーゼASK1を介したアポトーシス経路を明らかにしてきました。(図3)

・IRE1-TRAF2-ASK1経路
  2000年Dr. Urano, Dr. Ronらによって、活性化 IRE1が、アダプター分子TRAF2と直接結合することによってJNK経路を活性化することが報告されました。この経路におけるASK1の関与について検討したところ、小胞体ストレス依存的なIRE1-TRAF2-ASK1の複合体形成とASK1活性化が観察されました。さらにASK1-/-細胞では、小胞体ストレス誘導性のJNK活性化ならびにアポトーシスが顕著に抑制されていたことから、小胞体ストレス誘導性アポトーシスシグナルにASK1が重要な役割を担っていることが明らかになりました。

 
 

3.小胞体ストレスと神経変性疾患

 近年、小胞体ストレスと様々な疾患(糖尿病・虚血性疾患・神経変性疾患・癌疾患など)の関係が明らかになっています。そのなかで私たちは、特に神経変性疾患と小胞体ストレスの関係について焦点をあて、研究を進めています。

・ポリグルタミン病
 ハンチントン病やマシャドヨセフ病などのポリグルタミン病は、原因遺伝子内におけるCAGの繰り返し数の増加によるポリグルタミンタンパク質が中枢神経細胞内に蓄積し、不溶性凝集塊を形成することによって発症する遺伝性の神経変性疾患です。マウス初代培養神経細胞にポリグルタミンタンパク質を発現させることにより、小胞体ストレスが惹起されること、さらにASK1-JNK経路が強く活性化されることが明らかになりました。また、ASK1-/-神経細胞を用いた実験により、ポリグルタミン誘導性神経細胞死おけるASK1の必要性が示されました。一方、小胞体の外に存在するポリグルタミンタンパク質が、どのようにして小胞体ストレスを誘導するかについては、その蓄積によってプロテアゾーム活性の低下が観察されており、これによりERADを介した小胞体内不良タンパク質の分解が抑制され、結果的に小胞体内腔に異常タンパク質が徐々に蓄積すると考えられます(Nishitoh et al. Genes Dev. 2002)。

・筋萎縮性側索硬化症
  筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis;ALS)は、運動神経が特異的に障害されるきわめて重篤な進行性神経変性疾患です。日本国内の罹患者数は約7000人。現在の治療法は、リハビリテーションによる筋力低下予防と、グルタミン酸神経終末放出抑制剤による一時的な進行遅延だけで、ALS病態分子メカニズムに基づく根本的な治療法はありません。家族性ALSの原因として1993年に発見されたCu/Zn superoxide dismutase 1(SOD1)の遺伝子変異は、家族性だけでなく孤発性ALSの病態解明にも飛躍的な進歩をもたらすと期待されていますが、これまで治療標的となる分子メカニズムは明らかにされていませんでした。私たちは、ALSの病態分子メカニズムとして、ERADの機能低下による小胞体ストレス誘導性アポトーシスの関与を明らかにしました(Nishitoh et al. Genes Dev. 2008)。


図4:変異型SOD1による小胞体ストレス誘導と運動神経細胞死: (A)小胞体関連分解(ERAD)の流れ(B)変異型SOD1はDerlin-1に結合し、ERAD基質の流れを阻害し、その結果小胞体ストレス誘導性のASK1活性化が惹起され、運動神経細胞死が起こる。中央のパネルはIRE1活性化によるリン酸化とASK1の活性化(in vitroキナーゼアッセイ)を、下のパネルは変異型SOD1による運動神経細胞死を示す。(C)変異型SOD1結合領域の12アミノ酸CT4は、変異型SOD1-Derlin-1結合を競合阻害し運動神経細胞死を抑制する。

 i) 変異型SOD1による小胞体関連分解(ERAD)の抑制
 小胞体内不良タンパク質は、小胞体膜を逆輸送され(図4A,@)、続いてE3ユビキチンリガーゼによってポリユビキチン化(A)、プロテアソームによって分解されます(B)。このERAD基質タンパク質の逆輸送過程には、小胞体膜に存在するDerlinファミリー分子が関与しています。運動神経系(NSC34)細胞に、3種類の変異型SOD1(SOD1A4V, SOD1G85R, SOD1G93A)を発現させたところ、小胞体受容体IRE1(図4B), PERKの活性化が観察されました。SOD1は主に細胞質内に発現するため、どのようにして小胞体内腔に不良タンパク質を蓄積させるかが疑問であったため、ERAD基質タンパク質の分解速度を検討したところ、野生型SOD1に比べて変異型SOD1の共発現によって有意に遅延したことから、変異型SOD1は何らかのメカニズムを介して、ERAD経路を特異的に抑制していることが示唆されました。

 ii) 変異型SOD1とDerlin-1の特異的結合
 変異型SOD1は、様々な分子と結合することが報告されています。そこで、ERAD抑制にはERAD複合体(図4A)と変異型SOD1の結合が関与していると予想し、それらの結合をin vitroで検討したところ、Derlin-1という4回膜貫通型分子に結合し、その結合はNSC34細胞などの培養細胞、SOD1G93Aトランスジェニック(ALS)マウス脊髄を用いた実験でも確認されました。また、他のDerlinファミリー分子Derlin-2, -3には全く結合しなかったことなどから、変異型SOD1はERAD複合体分子のなかで、きわめて特異的にDerlin-1に結合するといえます。その結合領域に関する詳細な検討の結果、Derlin-1(C末端)の12アミノ酸領域を同定しました。

 iii) Derlin-1の獲得性機能障害
 Derlinファミリーは同定された当初、逆輸送孔(レトロトランスロコン)を構成する分子の一つと予想されましたが、現在まで明確な実験的証拠は得られておらず、ERADの機能に必要な分子であることは示されているものの、どのような役割を担っているかは不明です。変異型SOD1は、ERAD基質のユビキチン化を強く抑制したことから、変異型SOD1はERADの「流れ」を抑制し、その結果小胞体不良タンパク質を蓄積させていると予想されました(図4B)。変異型SOD1はDerlin-1の機能を単に喪失させているのではなく、獲得性機能異常を引き起こすことで、小胞体ストレスを誘導しています。現在は、変異型SOD1がいったいどのようなDerlin-1機能障害を引き起こしているのかを明らかにし、さらにそれによってDerlin-1の生理的機能を解明しようと試みています。

 iv) 小胞体ストレス-ASK1経路を介した運動神経細胞死
  変異型SOD1依存的に小胞体ストレスが誘導されることから、ASK1経路について検討したところ、 TRAF2-ASK1の結合と、それに伴うASK1の活性化が観察されました(図4B)。この経路が、運動神経細胞死に関与するか否かを検討するため、マウス胎児の脊髄培養系を用いての変異型SOD1依存的運動神経細胞死実験系に(図4B)、変異型SOD1-Derlin-1結合を阻害するCT4ペプチド(12アミノ酸)を発現させたところ、運動神経細胞死が有意に抑制されるとともに(図4C)、ASK1ノックアウトマウス由来の細胞でも同様の結果が得られました。さらに、ALSマウスとASK1-/-マウスの交配実験を行った結果、ALSマウスでみられる脊髄前角部運動神経細胞変性がASK1-/-マウスで抑制され、生存期間の有意な延長がみられました。

 従って、変異型SOD1とDerlin-1の結合を介した小胞体ストレス誘導性ASK1活性化が運動神経細胞死を誘導し、これらのメカニズムがALSの病態進行に深く関わっていることが示されました。

 
 

 現在、私たちはASK1活性化および変異型SOD1-Derlin-1結合を分子治療標的としたALS治療薬の基盤開発を目指すとともに、どのようにして多くの変異型SOD1がDerlin-1に結合しALSを引き起こすのか?そのメカニズムを明らかにすることで、ALSに共通する病態分子メカニズムを解明することにチャレンジしています。

参考:
Nature “Research Highlights” 453:960 (19 June 2008)
http://www.nature.com/nature/journal/v453/n7198/full/453960c.html

Nature “News and Views” 454:284-285 (17 July 2008)
http://www.nature.com/nature/journal/v454/n7202/standfirst/454284a_ja.html
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_200520_j.html